この記事では、職場での人権問題とメンタルヘルスの関係、および、メンタルヘルス対策で注意すべき差別・不利益待遇の問題とそれへの対応について、お伝えします。
職場での人権問題とメンタルヘルスの関係
メンタルヘルス不調の原因には、職場でのストレス要因と、職場以外でのストレス要因(例:個人的な病気・ケガ・トラブル・家族関係など)があります。
このうち、職場でのストレス要因によって従業員がメンタルヘルス不調を発症した場合は、労働災害として認定されるだけでなく、企業は労働契約に基づき従業員に対して負っている安全配慮義務を怠ったとみなされ、損害賠償責任を負う可能性があります。
ところで、「人権」の観点で考えると、職場において労働者のメンタルヘルスが保たれることは、国際労働機関(ILO)が労働者の基本的人権の原則(中核的労働基準)として定めている「安全かつ健康な作業環境」に含まれます。
つまり、職場における労働者のメンタルヘルス不調は、中核的労働基準である基本的人権が損なわれていることになります。
また、職場における労働者のメンタルヘルス不調は、過重労働・長時間労働、ハラスメント、労働災害・疾病、暴力・いじめ、不利益扱い(雇用形態、国籍、性別等を理由とした差別など)、退職強要など、様々なストレス要因によって生じます。
これらのストレス要因は、メンタルヘルスに悪影響を及ぼすと同時に、それら自体が労働者の人権を侵害するものです。
つまり、職場における労働者のメンタルヘルス不調は、基本的人権である「安全かつ健康な作業環境」が損なわれているという意味でそれ自体が人権問題であるのと同時に、他の様々な人権問題による悪影響によって生じている可能性が高いと言えます。
メンタルヘルス対策において注意すべき差別・不利益待遇の問題
世界保健機関(WHO)は、職場の労働者のメンタルヘルスを促進・保護するため、心の健康問題の予防や、心の健康問題を抱える労働者への支援に関する推奨事項を記載した「職場におけるメンタルヘルスガイドライン」を2022年に発行しています。
同ガイドラインでは、「心の健康問題のある労働者に向けた組織介入(働きかけや支援)」を行うにあたり、「人権に関する国際原則に沿って、心理社会的障害を含む心の健康問題のある労働者には、職場での合理的配慮がなされるべきである。」とされています。
そして、「合理的配慮を提供することは、職場において機会と資源を公平に利用できるようにすることにより、心の健康問題のある労働者のためのインクルーシブ(包摂的)な職場環境を促進する」としています。
つまり、心の健康問題(メンタルヘルス不調)を抱えた労働者への対応を行うにあたり、以下の点を求めています。
- 仕事に対する機会や資源(必要なサポートなど)を公平に利用できるようにすること
- メンタルヘルス不調を抱えた労働者にとって包摂的な職場環境を促進すること
WHOのガイドラインが求めているこうした内容は、現実には職場において心の健康問題(メンタルヘルス不調)を抱える労働者に対する差別や不当な待遇が行われがちであることや、結果として仕事に対する機会や必要なサポートが公平に提供されにくいことを、反映しています。
こうした差別・不利益待遇の問題について、メンタルヘルス対策における重要な取り組みである「ストレスチェック制度」、「メンタルヘルス不調を抱えた労働者からの相談対応」、「メンタル休職者の職場復帰支援」に着目すると、それぞれ具体的に以下のような問題点が考えられます。
ストレスチェック制度における問題点
ストレスチェック制度は、労働者のストレス程度を把握することで職場環境の改善につなげるとともに、労働者自身にストレスへの気づきを促すことで、メンタルヘルス不調を未然に防止することを主な目的としており、労働者個人への調査票により、ストレス要因、ストレス反応、周囲のサポートに関する検査を行うものです。
この検査の課題として、メンタルヘルス不調を抱えた労働者が、調査の結果自分がケアを必要としていると会社から判断された場合に職場で差別や不利益待遇を受けることになるかもしれないと懸念している場合があることや、自身のデータの機密性が雇用主に対して守られるかどうかを懸念している場合があることがあげられます。
こうした懸念により、労働者は、たとえ自身がメンタルヘルス不調を抱えており会社からの支援を必要としている場合でも、自分の心の状態を過少報告することが考えられ、その結果、会社としても必要なメンタルヘルスの予防対策を講じられなくなる可能性があります。
メンタルヘルス不調を抱えた労働者からの相談対応における問題点
メンタルヘルス不調を抱えた従業員は、就業継続が可能であれば治療と就業を両立するための環境整備について会社と相談する必要があり、また、健康状態が悪く就業継続が困難な場合は医師の判断に基づき休職について会社と相談する必要があります。
しかし、仮にこうした相談を会社に行うことで自身の健康状態が職場内に知られてしまった場合、メンタルヘルスに関する職場内での理解が十分でないと、「心の健康問題のあるために仕事ができない人」として固定的に見なされてしまい、差別や不利益待遇を受けてしまう可能性があります。
このため、メンタルヘルス不調を抱えている労働者は、周りから差別されたり不利益な待遇を受けたりすることを恐れて自身の健康状態を会社に相談できないことも多く、その結果、本人の健康状態がさらに悪化したり、職場で仕事を円滑に遂行できず業務に支障をきたしたりすることも考えられます。
メンタル休職者の職場復帰支援における問題点
メンタルヘルス不調により休職した従業員の職場復帰支援として、業務上の合理的配慮(例:労働条件の改善、労働時間の制限、仕事内容の変更や仕事の負荷の軽減、仕事の段階的な再開)と医療的なケアの両方がありますが、こうした合理的配慮やケアを受けることで周りから「心の健康問題があるので仕事ができない人」として差別されてしまう可能性があります。
こうした可能性についての懸念を休職者が持つと、職場復帰をあきらめたり、いったん復帰しても再休職や退職につながりやすくなる可能性があります。
メンタル不調者への差別や不利益待遇を防ぐために行うべきこと
上述のように、会社が行うメンタルヘルス対策の多くの場面において、心の健康問題を抱える労働者は、メンタルヘルスに対する職場の理解が十分でないことにより受けるかもしれない差別や不利益待遇を懸念していることが多く、そのことが企業のメンタルヘルス対策を一層難しくしています。
メンタルヘルス不調を抱えた従業員が、自らが必要とするサポートや配慮を安心して会社に伝え、職場で実施可能なサポートや配慮の内容を従業員と会社が話し合い、それを職場内の理解を得ながら実現していくためには、前提条件として、メンタルヘルス不調者が差別や不利益待遇への懸念を持たずに済む職場環境を作ることが必要です。
そのためには、以下の2点が必要です。
(ⅰ)管理職や労働者への教育研修
メンタルヘルス不調を抱える従業員が相談しやすい職場環境を作るために、管理職や労働者がメンタルヘルスに関するリテラシーを高め、差別的な態度を改善するための教育研修を行うことが必要です。
特に、以下の点を管理職やすべての従業員に周知させることが重要です。
- 誰もが状況によってはメンタルヘルス不調にかかる可能性があること
- メンタルヘルスを「特定の個人の問題」として対処するのではなく、「職場環境の問題」として改善に取り組むことが重要であること
(ⅱ)プライバシー保護
メンタルヘルス関連情報は、労働者の究極的な個人情報です。
したがい、労働者がメンタルヘルス関連の社内制度や仕組みを安心して利用するためには、秘密が守られることへの信頼が必要です。
そのため、プライバシー保護規程を整備し、これを社内に周知教育する必要があります。
なおプライバシー保護規程を策定し運用するにあたっては、従業員個人の健康情報を共有する者の範囲を定めることが重要です。
その際、情報共有の範囲は、専属の産業医や産業看護職などがいる会社であれば、それら専門職を中心に情報共有範囲を狭く設定しておき、必要に応じて労働者の個別同意をとりながら共有範囲を広げる方法が考えられます。これだとプライバシーが守られやすく、従業員が相談しやすくなります。
一方、専属の医療従事者がいない場合は、人事・総務担当などを中心に一定範囲での共有を行うこととなりますが、従業員の求めに応じて共有範囲を制限できるようにしておくことが重要です。
まとめ
職場での人権問題とメンタルヘルスの関係、および、メンタルヘルス対策で注意すべき差別・不利益待遇の問題とそれへの対応について、以下の点を説明しました。
- 職場における労働者のメンタルヘルス不調は、基本的人権である「安全かつ健康な作業環境」が損なわれるという意味でそれ自体が人権問題であるのと同時に、他の様々な人権問題による悪影響によって生じている可能性が高い
- メンタルヘルス対策を行う際の問題点として、自分の健康状態を会社や職場に知られることによって生じうる差別や不利益待遇に関しての、メンタルヘルス不調を抱えた労働者による懸念が挙げられる。
- メンタルヘルス不調を抱えた労働者への差別・不利益待遇を防ぐため、管理職・従業員への教育研修や、プライバシー保護規定の整備が必要である。
