このブログでは、近年すべての企業に期待されてきている「人権デューデリジェンス」について紹介しつつ、これとメンタルヘルス対策やストレスチェックとの関係について説明します。
なお、前回のブログで「働く人の人権とメンタルヘルス」について述べていますので、ご関心ある方はそちらもご一読ください。
「人権デューデリジェンス」とは
「人権デューデリジェンス」とは、事業活動における人権への悪影響を防止・軽減させることを目的とした企業内の仕組みのことです。
やや抽象的ですが、「人権への悪影響を防止・軽減させる」=「人権を尊重する」=「人を大切にする」ことを目的とした仕組みと考えれば良いと思います。
人権デューデリジェンスが企業に期待されてきている背景として、世界的に「企業の社会的責任」が重視されていることがあります。
従来、環境問題に関しては、事業活動による悪影響を防止・軽減させるため、「環境マネジメントシステム(環境ISO)」などの仕組みがグローバルな基準や制度として整備されてきました。
一方、人権に関してはこうしたグローバル基準や制度の整備は遅れていましたが、2011年に国連が、企業が人権を尊重する責任について定めた「ビジネスと人権に関する指導原則」を定め、その原則の一つとして「人権デューデリジェンス」の実施が企業に求められるようになりました。
この「人権デューデリジェンス」は、すでにEU諸国などでは法制化されており、経済のグローバル化の中で日本企業も対応が求められています。
人権デューデリジェンスの基本的なプロセスは、以下の4つからなります。
- 人権への悪影響の特定・評価
- 事業活動によって悪影響を受ける人にはどのような人が存在するのか
- 具体的にどのような悪影響を受けるのか
- それらのうち、深刻な悪影響はどれか
- 人権への悪影響の防止・軽減
- 自社に悪影響の原因がある場合、その原因となる活動・行為をやめる
- 取引先などで悪影響が生じている場合、その防止・軽減に向けて働きかけを行う
- 取り組みの実効性評価
- 悪影響の防止・軽減が効果的に行われたかを評価し、継続的改善を進める
- 関係者への説明・報告
- 取り組みの方法や内容、結果などを、関係者に説明・報告する
- 取り組みの方法や内容、結果などを、関係者に説明・報告する
人権デューデリジェンスの取り組みとしてのメンタルヘルス対策
仕事上のストレスなどから従業員がメンタルヘルス不調になると、仕事が十分にできなくなり、さらには休職や退職、最悪は自殺の可能性もあります。
これらは、事業活動による人権への悪影響であると考えられます。
従い、メンタルヘルス不調による心身の健康や生活への影響を防止・軽減することは、人権デューデリジェンスにおける重要な課題の一つと言えます。
一方、通常、企業で行われるメンタルヘルス対策は、大きく以下の3つに分けられます。
- 一次予防:ストレスチェックや職場環境等の改善を通じてメンタル不調を未然に防止する
- 二次予防:メンタル不調を早期に発見し適切な措置を行う
- 三次予防:メンタル不調となった労働者の職場復帰支援を行う
これらのうち、一次予防は、事業活動による人権への悪影響の一つである仕事を通じたメンタル不調の防止軽減を図るという意味で、人権デューデリジェンスの取り組みの一つとして見ることが可能です。
メンタルヘルス対策における一次予防の取り組みには様々なものがありますが、それらを人権デューデリジェンスの4つのプロセスに当てはめてると、以下のように位置付けることが可能です。
- 職場におけるストレス要因の現状評価 (1. 人権への悪影響の特定・評価)
- 職場環境における心理社会的リスクを、以下の情報をもとに、定期的に評価する
- ストレスチェック結果に基づく集団分析の結果
- 管理監督者が日常の職場管理で得た情報
- 労働者から意見聴取で得られた情報
- 産業保健スタッフによる職場巡視で得られた情報
- 職場環境における心理社会的リスクを、以下の情報をもとに、定期的に評価する
- 職場におけるメンタルヘルス対策の立案・実施 (2. 人権への悪影響の防止・軽減)
- 上述の職場環境に関する評価に基づき、職場におけるストレス要因を特定し、関係者による議論や、労働者参加型のグループ討議などにより、改善計画を作成する
- 計画に従い対策を実施する(その際、対策に伴う職場環境の変化が労働者によって異なる影響をもたらす可能性があるため、多様な属性や働き方の労働者の存在に配慮する)
- 管理監督者のメンタルヘルスに関する知識、態度、行動を向上させ、労働者のメンタルヘルスの変化を早期に気づけるようにするとともに、相談を受けた際に適切な対応ができるよう、また、メンタルヘルスに配慮した職場環境を作れるよう、管理監督者に教育研修を行う
- 労働者のメンタルヘルスに関する知識、態度、行動を向上させ、差別的な考えや態度をなくすとともに、自分自身や同僚がメンタル不調に適切に対処できるよう、労働者に教育研修を行う
- 労働者の主観的なメンタルヘルスの状態をよりよくするため、労働時間内において、運動やリラクゼーションなどを促す機会を提供する
- メンタルヘルス対策の効果の評価 (3. 取り組みの実効性評価)
- 職場環境改善が計画どおり実施されたかを評価する
- 対策の前後で、ストレスチェックの集団分析結果などを比較し、改善効果を評価する
- 衛生委員会等における報告・継続的改善に向けた検討 (4. 関係者への説明・報告)
- 衛生委員会等において、一連の取り組みや結果について、報告を行う
- 衛生委員会等において、今後に向けて、職場レベル/事業所レベルでの改善を検討する
なお、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」は、企業の人権尊重責任として、人権デューデリジェンスのほかに、「人権方針の策定」、「救済メカニズムの整備」を求めています。
このうち「人権方針の策定」は、企業が人権尊重責任を果たすことについてのコミットメント(約束)を企業の内外のステークホルダーに向けて明確に示すことを指します。
一方、「救済メカニズムの整備」は、事業活動によって人権面での悪影響を受けた人を救済したり、その懸念を持った人が相談したりできるよう、企業が相談窓口を整備し問題の改善につなげる仕組みを整備することを指します。
メンタル不調を早期に発見し適切な措置を行う「二次予防」や、メンタル不調者の職場復帰支援を行う「三次予防」は、メンタルヘルスに関する「救済メカニズム」に該当すると言えます。
人権デューデリジェンスにおけるストレスチェックの活用
上述のように、仕事によるメンタルヘルス不調は事業活動による悪影響の一つであり、それを未然に防止するためのストレスチェック結果に基づく集団分析や職場環境改善の取り組みは、事業活動による人権への悪影響を防止・軽減する「人権デューデリジェンス」の一つと考えられます。
現在の法律では、ストレスチェックの実施と高ストレス者に対する医師の面接指導が企業の「義務」であるのに対し、ストレスチェック結果を活用した集団分析に基づく職場環境改善は「努力義務」とされています。
しかし、人権デューデリジェンス(企業の人権尊重責任)の観点からは、現在「努力義務」とされているストレスチェック結果を活用した集団分析に基づく職場環境改善を行うことが、事業活動による人権への悪影響を防止・軽減に該当し、とくに重要であると言えます。
ストレスチェックにおいて使用が推奨されている「職業性ストレス簡易調査票」では、ストレスの原因となりうる仕事の量的負担や質的負担、職場の作業環境(騒音、温度など)についても質問していますが、これらの回答結果から、人権への悪影響の例である過重労働のリスクや、労働安全衛生上のリスクに対する気づきが得られる可能性があります。
また、2012年に新たに開発された「新職業性ストレス簡易調査票」では、上記に加え、「正規・非正規、アルバイトなど、いろいろな立場の人が職場の一員として尊重されている」、「 職場で自分がいじめにあっている (セクハラ、パワハラを含む)」といった質問項目も加わっています。これらにより、職場における立場の違いによる差別や、いじめ・ハラスメントなどのリスクへの気づきが得られる可能性があります。
そして、このようにして得た気づきを、管理監督者が日常の職場管理で得た情報や、労働者から意見聴取で得られた情報、産業保健スタッフによる職場巡視で得られた情報などと合わせて分析することで、職場環境における心理社会的リスク要因を特定し、改善計画の策定・実施につなげていけば、人権への悪影響の防止・軽減に効果が大きいと考えられ、人権デューデリジェンスを支える取り組みとしての意義も大きいと考えられます。

